【事例研究|006】「欧・米・豪」客が注目する高野山の宿坊~精神的価値体験へのあこがれ

事例

 宿坊は、本来、僧侶のみが宿泊する施設だった。それが平安時代の寺社参詣の普及で貴族や武士、更に一般の参詣者へと広がりをみせ、江戸時代には寺社めぐりが大衆化したことで、各地の大寺社には宿坊が整備され一般の参詣者や観光客を泊めるようになったという。特定の地域と特定の宿坊が結びつき一種の観光事業を形成していったのだ。
 世界遺産の高野山には本山・金剛峯寺の塔頭寺院が全部117ケ寺あり、その内の52ケ寺で宿坊体験ができる。寺泊ならではの精神的な癒しを求めて国内外から観光客が訪れているという。今回話題の恵光院はその宿坊の一つとして、宿泊用の部屋を30室備えている。2名1室の料金で1人1泊2食付き平均3~4万円のプランを提供。昨年100㎡の客室にプライベートな半露天風呂や庭園を備えたスイートルーム「月輪(がちりん)」を新設した(一泊2食/人 7万円~)。宿泊者が快適に過ごせるよう寺院のリノベーションを積極的に行っている。提供する食事は野菜や海藻、豆類、山菜などを用いた精進料理で、肉や魚を一切使わないため、ベジタリアンや宗教的な戒律で牛や豚が食べられない方にも喜ばれている。
 また同寺では、寺泊ならではの体験メニューを複数用意している。毎朝7時からの「朝の勤行」は、本堂で「読経」や「回向」や、毘沙門堂で「護摩祈祷」が行われ、宿泊者は自由に参加することができる。その他、「写経」や密教における瞑想法「阿字観」の体験など。高野山の僧侶がガイドを務め、夜の奥之院を参拝する「ナイトツアー」は特に人気という。
 近藤説秀住職は「宿坊体験といっても、皆さん、癒しを求めて訪れるので、体験は自由参加。ストレスを抱えた人たちが、少し時間の流れがゆったりとした場所で、何もしない時間を過ごしてもらえれば」と話す。

(2023年1月25日第17回Jウエルネス研究セミナー第16弾より/ 高野山 恵光院住職 近藤説秀氏)

考察

柔軟な発想と行動力が日本の伝統・文化を魅力的な観光コンテンツに輝かせる!
 寺や城を活用したユニークな体験型宿泊コンテンツの開発は訪日客の地方への誘致に役立つと期待されている。観光庁でも最近こうした、「寺泊」や「城泊」という歴史資源の活用の旅での誘致に着目している。実際には、寺は全国に77,700箇所が点在していて泊まれる宿坊は300箇所、城は全国に200箇所点在するが宿泊できる事例はまだ稀れという。
 東大寺や高野山が外国人にとっての人気スポットのトップ10に入っているそうだ。外国人観光客の寺への関心は高く、「拝観」だけでなく、「座禅」や、「写経」、「滝行」などの文化的体験も人気だ。
 今回取材の恵光院は「宿坊」のイメージをガラリと変えてくれた。高野山への観光客はコロナ前までは年間140万人以上で宿泊者は20万人。宿泊の外国人は8万4千人。このうち欧米豪からが90%という。19年の終わりに、すでに、これからのインバウンドは「量から質へ」の転換が必須とされ、「地方への旅」「滞在日数に延長」「高付加価値作り」が課題と挙げられ、欧米客の獲得が重要とされていた。しかしながら中国、台湾、韓国中心だったコロナ前のインバウンド時でも、高野山は欧州豪客が多かったという。
 地域の持つ観光資源を高付加価値な魅力に仕立て上げること。18年の別府での国際会議(世界温泉地サミット)で「ポストウエルネスのヒントは日本にある」と欧米の専門家たちに語らしめた日本の魅力のひとつは、日本が持つ精神性の価値に他ならない。日本の歴史文化の観光、精神性価値の体験には大きなポテンシャルがある。
 日本の伝統工芸や芸能文化に関心のある外国人は、それらのモノ・コトを通して日本人の精神性に触れようとしていると言われている。特に、欧州の方々は日本の歴史文化に興味をもっているようだ。近藤住職によると、高野山の後には広島へ向かう人や四国の遍路旅に向かう人もいという。インバウンドは団体から個人客に移り、欧米豪へも広がりを見せ、こうした歴史文化に触れる日本の地域旅にチャンスが生まれていくのだろう。
 加えて、同寺は、コロナ禍で観光客がストップした中でも、護摩祈祷のライブ配信や、来られない方にお札を届けるクラウドファンディング、オンランツアーを実施し、コロナ後に備え、僧侶と石道を歩くメニューや仏前結婚式、富裕層向けのプランや客室改修に取り組んだという。
 寺や城という大きなポテンシャルがあっても、古いしきたりの中でも柔軟な発想でデジタルを活用し発信する、なによりスピード感をもって次の観光を創る行動力があってはじめて観光コンテンツとして輝かせることができるのだと思う。