【Column】「Jウエルネス」が街や暮らしを変える|Ep.03

ウエルネス・トランスフォーメーション(WX)の時代にさらなる価値を

パーソナライズの重要性とラグジュアリー・ウエルネス

 前項では、ウエルネスビジネスの先進国が模索する「ポスト・ウエルネス」のヒントの一つは、日本の自然や人(社会)がもつ包み込む力(パーソナライズする力)だと述べました。ここでは別のアプローチでヒントを探りましょう。
 最初に押さえておかなければならないことは、医療や医薬品、健康、美容のように、これまで提供されてきたウエルネスは、集団のための「標準解のウエルネス」ではなかったかという点。平均的に標準としてつくられた健康プログラムや食、時間、空間は、もちろん一定の満足も提供したでしょうが、ある人たちには有効でも、他の人には全く価値のないものかもしれないということです。
「人生100年時代」という成熟した社会は、情報過多の時代でもあり、価値観も複雑でライフスタイルも多様です。中高年の生活習慣病だけでなく、若年女性の体調不良、ストレス予防も大きな課題となっています。この数年のフェムテック・フェムケア市場の台頭もライフステージごとの多様な課題に応えようとする背景がうかがえます。いずれのウエルネスビジネスも、これからは「高品質なあなただけの特別なウエルネス」がもとめられ、「パーソナライズ」(個別化)が要件となっていくでしょう。
 さて、世界の富裕層※たちが追い求めたラグジュアリーも「あなただけ」や「特別」を求め、機能を求め、その先に精神的価値としてのウエルネスにたどり着いたのです。それは、自分と向き合い、人生を見つめ直し、健康的な食事、運動、質の高い睡眠を優先するヘルシーなライフスタイルへのシフトでした。つまり投資対象が「健康」に変わったのです。ヨガやピラティス、プライベートレッスンのインストラクターやオーガニックやプラントベースドな食、そして快適な寝具、ウエルネスなアート・カルチャーが信頼の対象となりました。ラグジュアリーの意味は、もはや豪華であることや高価であることと同義ではなくなったのです。 このパラダイムシフトは9・11(2001年のアメリカ同時多発テロ)後に起きたと言われています。
 富裕層をターゲットとする有名シティホテルのブランドスパやリゾートホテルなどのサービスが、ラグジュアリーからウエルネスへシフトしたことが、他の産業や大衆をも刺激し、やがて対象を広げながら4兆ドル超の巨大なウエルネス産業を形成していったのだと思います。
 その後、ウエルネス志向は、非常に多様で複雑化していきます。「誰もが簡単には体験できない(稀少で)」、「心が動かされる(感動的で)」、「自分が変わる(気づき)」という体験へ向かって。それが、ある人には最先端のアンチエイジング医療であり、またある人には、目標に向かうエクストリーム(極限)スポーツであり、プロが指導する過酷なトレーニング、そして秘境のアドベンチャー、ヒーリングツーリズムとなりました。
 その選択肢の一つに、日本のウエルネス(「Jウエルネス」)があったのです。それは、人気の温泉、和食、森林浴だけでなく、宿坊や修行体験や、座禅、茶道、香道、華道、瞑想などの伝統文化や習わしを通して日本の精神性に触れる特別な体験を指しています。  
 ラグジュアリーの先にウエルネスがあったように、こういった多様化したニーズの先にあるものが、将来のウエルネス産業を一段と大きな産業に押し上げていくに違いありません。例えば、オンラインでつながる仮想空間「メタバース」やVR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)というXRのウエルネスへの技術活用なのでしょう。

江渕 敦

※ここでは広義の意味の富裕層。野村総研の定義では超富裕層、富裕層、準富裕層、アッパーマス層、マス層という分類もある。