【第50回Jウエルネス研究セミナーレポート】「湯治×暮らし」が示す新しいウェルネス

— 第50回Jウエルネス研究セミナー報告 —

温泉は観光ではなく生活文化
「湯治×暮らし」が示す新しいウェルネス

Jウエルネス振興会は第50回研究セミナーを開催し、別府・鉄輪温泉で「湯治×暮らし」をテーマに活動する 湯治ぐらし株式会社 代表の菅野 静 氏を講師に迎え、温泉文化の新しい可能性について講演が行われた。

温泉との出会いから別府移住へ
講演ではまず、菅野氏が温泉に深く関わるようになった背景が語られた。広告代理店で戦略プランナーとして働いていた同氏は、中国・上海での生活を経験する。その中で、日本のように湯船に浸かる文化がない環境に身を置いたことで、帰国時に温泉や銭湯に入った際の身体の変化を強く実感したという。
その後、日本各地の温泉地を巡る中で、東北地方に残る伝統的な「湯治文化」に出会う。温泉が観光資源として消費されるだけでなく、地域の生活文化として人々の健康を支えてきた歴史に強い関心を抱いたことが、現在の活動につながっている。2019年に、大分県別府市の鉄輪温泉に移住。湯けむりの立ちのぼる独特の景観や、共同浴場や地獄蒸しなどの生活文化が今も息づく地域に魅力を感じ、温泉を中心とした新しい暮らし方を模索するようになった。

「湯治×暮らし」という新しいライフスタイル


菅野氏が提案するのは、現代人の「湯治×暮らし」。従来の湯治は数週間から数か月の滞在を前提としたものであったが、現代社会ではそのような長期滞在は容易ではない。そこで同氏は、温泉を日常生活の中に取り入れる「湯治暮らし」というライフスタイルを提案している。
その具体的な取り組みとして、まず、空き家を活用した「湯治シェアハウス」を運営。現在は複数の施設が稼働し、リモートワーカーやノマドワーカーなど多様な人々が滞在する場となっている。19歳から80代までの世代が共に暮らすコミュニティとしても機能しているという。
さらに、昨年、廃業した旅館を再生した宿泊施設「七日一巡り」を開設。ここでは温泉・食・運動の三つを柱に据えた現代型の湯治プログラムを提供している。看護師資格と温泉利用指導者資格を持つスタッフが体調データを確認し、別府市内外の温泉から最適な入浴先を提案するなど、専門家が伴走する形で利用者の自己回復力を支える仕組みを整えた。

温泉×データの可能性
同氏の取り組みはさらに広がりを見せる。温泉利用前後のバイタルデータを蓄積し、人と温泉の相性を分析する試みも進めているという。将来的には温泉の泉質や効果と個人の体質を組み合わせた「温泉マッチング」の可能性も視野に入れている。また、温泉の活用は入浴にとどまらない。温泉水を農業に活用する「温泉みかん」など、地域産業と結びつける取り組みも始まった。温泉資源を軸に、地域の暮らしと産業を循環させる新しいモデルづくりが進められている。

質疑から見えた課題
質疑応答では、湯治文化をどのように現代社会に広めていくかについて議論が行われた。菅野氏は、温泉の価値を現代の生活者に伝えるためには、新しい言葉やストーリーが必要ではないかと指摘する。サウナ文化が「整う」という言葉によって広く普及したように、温泉にも現代のライフスタイルと結びつく新しい表現が求められているのではないかという視点が示された。
Jウエルネス視点 : 温泉は「地域の養生文化」
今回の講演を通じて改めて感じられたのは、温泉を観光資源として消費するだけではなく、生活文化として再評価する視点の重要性である。温泉は単なるリラクゼーションではなく、身体を整え、人と人をつなぎ、地域の暮らしと深く結びついてきた日本独自の養生文化である。
菅野氏の取り組みは、温泉地を「泊まる場所」から「暮らしを整える場所」へと再定義する試みともいえる。温泉、食、自然、地域文化が一体となった「地域の暮らしのリズムに入る」体験は、まさに日本型ウェルネスの可能性を示している。

温泉文化の国際的な関心が高まりつつある今、日本が長く培ってきた「養生としての温泉」をどのように現代社会に活かすか。別府・鉄輪で始まった「湯治×暮らし」の取り組みは、その一つのヒントを示しているといえるだろう。

【参考】別府温泉・湯治リトリート「七日一巡り」https://www.toji-gurashi.jp/nanokahitomeguri