第46回研究セミナーレポート「睡眠ビジネスの今 ~スリープツーリズムへの期待」

第46回 Jウエルネス研究セミナー2025年10月28日開催

「睡眠ビジネスの今 ~スリープツーリズムへの期待」
(講師:梅田貴大 氏/NTT東日本・NTT DXパートナー/ZAKONEプロデューサー)

 

 

■ 概要
ZAKONEは、「睡眠をテーマに企業・人・自治体が集まり、新しいサービスやソリューションをつくる“みんなで雑魚寝しよう”という団体」である。発足から約3年が経過し、現在では参加企業・団体は258社に達し、「睡眠市場では日本最大の団体」となっている。
梅田氏は、NTT東日本グループのNTT DXパートナー内でスリープテック事業を立ち上げ、睡眠を軸とした新規事業を推進してきた。本講演では、その経験をもとに「睡眠×ビジネスの掛け算」というテーマで、データと感性を融合した新しい眠りの体験設計を語った。
■ 背景:眠りの質が経済と幸福を左右する時代へ
梅田氏はまず、「日本は世界一寝れていない国」であると指摘する。OECD諸国の比較でも、日本の平均睡眠時間は7時間22分と最も短く、実感値では「大人は6時間台」であり、子どもも十分に眠れていない。さらに「日本だけ女性の方が睡眠時間が短い」という特徴がある。
睡眠に悩みを抱えている人は約49%とされるが、実際に対策を取っている人は「ほとんど何もしていない」が40%に達し、行動とのギャップが大きいという。入浴や運動は効果的だが継続が難しく、「自分に合うものが見つかればヒットにつながる」と述べ、ヤクルト1000をその好例に挙げた。また政策の動きも加速しており、厚労省の『健康づくりのための睡眠ガイド2023』、子ども向けの「ポケモンスリープ啓発」、経産省による睡眠関連製品ガイドラインや健康経営の推進、さらには議員連盟や自治体(長野県・大阪府など)の取り組みなどが相まって、国・研究・テクノロジー・企業活動が連動し、睡眠市場全体の好循環を生み出していると説明した。
■ 講演要点:データと感性を融合した「眠りの体験設計」
続いて、梅田氏は「眠りのメカニズム」を解説した。
人の睡眠は「起きているほど眠気が貯まる(S)」と「概日リズムで夜は眠くなる(C)」という2プロセスモデルに基づく。また、眠りはノンレム睡眠(1〜3段階)とレム睡眠に分かれ、近年は「レムは浅い睡眠ではなく、むしろ深い」とする研究も増えている。
特に最初のサイクルに現れるノンレム3では成長ホルモンが最大に分泌される。「何時に寝ても最初のノンレム3で出る」といい、この時間帯に脳脊髄液が入れ替わり、アミロイドβを洗い流す「グリンファティックシステム」が働く。レム睡眠は「記憶の定着・思考の整理・脳の発育」に関係し、短時間睡眠ではこの後半のレムが削られるため、認知機能や代謝に悪影響を及ぼす。
「睡眠負債は一括返済できない。毎日こまめに返すことが必要だ」と述べ、「慢性的に6時間睡眠を続けると、24時間覚醒やアルコール1~2合摂取と同程度の認知機能低下が起きる」と警鐘を鳴らした。日中に強い眠気が出るのは、慢性的な睡眠不足のサインである。
テクノロジーの進化にも触れ、家庭で計測できる脳波デバイスや腕時計・リング型ウェアラブルの普及により、「測る時代」に入ったと述べた。計測は開発コストを下げ、エビデンス取得を容易にし、香り・ウェア・飲料・照明・宿泊・不動産・自治体など非睡眠業界の参入を後押ししている。
さらにPHR(個人ヘルスデータ)の活用が進み、「持ち運べる睡眠」という概念が現実になりつつあるという。ただし、「テックはあくまでつなぐツール」であり、最も重要なのは「顧客理解と体験価値への接続」だと強調した。
市場機会としては、「寝る直前」はすでにレッドオーシャン化しており、「日中の覚醒量を上げる」領域が注目されている。時間栄養学や行動変容との掛け合わせが新たな価値を生み、ヤクルト1000のように「×睡眠」で広い層に波及する可能性を示唆した。また、計測・レポート機能による「単価アップでも選ばれるサービス」、異業種連携による新規参入が成功の鍵であると述べた。
■ 睡眠×観光「スリープツーリズム」の新潮流
梅田氏は「単なる“寝られるホテル”ではなく、日中の覚醒を最大化し、夜の環境を最適化することがスリープツーリズムの本質」と説明した。
日中には「初めての体験」や「脳や体への新しい刺激」を取り入れることで覚醒量を高める。運動だけでなく、美術鑑賞などの文化的体験も有効であり、地域資源の再編集が重要だという。夜は照明・温度・湿度・食事・入浴・行動を整えることで、質の高い眠りに導く。
特に食との関係では、「牡蠣(亜鉛×タンパク)」や「朝の和食は早寝早起きに寄与する」など、時間栄養の観点から設計することが有効である。また、スパとの相性も良く、ストレスや筋緊張、血流を整えることで「寝返り」や「体温放熱」を助ける。
現状では、時間とお金に余裕のある層が中心だが、今後は計測技術や学習によって裾野が広がっていくと見られる。
■ 今後への示唆:Jウエルネスが描く「眠りの共創圏」(編集部コメント)
今回の講演を通じて、Jウエルネスが描く未来像も見えてくる。
日中設計・夜間設計・計測を核に、自然・文化・食・温泉・芸術といった地域資源を「覚醒量を上げるカリキュラム」として再構築することができる。PHRを活用し、同意に基づくデータ連携を行うことで、個別最適なツアー設計と旅行後の生活行動変容をつなげることが可能になる。
また、Jウエルネスが異業種連携の場=共創圏に加わり、教育・観光・医療を横断的に結ぶことで、新しい“眠りの社会価値”を形成できるだろう。女性や子どもの睡眠課題を重点テーマに据え、企業の健康経営や自治体の未病対策と結びつけることも重要だ。
成果を測る指標としては、「日中の眠気の低下」「レム比率の回復」「旅行後30日の就床・起床リズム安定」など、“生活リズムの持ち帰り”をKPIとして設定することが望ましい。