【事例研究|005】山梨県『NIPPONIA小菅 源流の村』の魅力とは~700人の小さな村のおもてなし

事例

 山梨県小菅村は、東京都との境にある多摩川の源流の村。水が綺麗でワサビ、こんにゃく芋が特産物という。2010年当時816人の村は年々人口減少が予測されいずれ村がなくなってしまう消滅可能都市となっていた。地域コンサルティングのさとゆめが、「道の駅」のプロデュースから各種の関係人口づくりイベントを実施して、5年で観光入れ込み客数が2.2倍に。人口も700人以上をキープするまでになっていた。
 しかしながら、65歳以上の高齢者が、住民の45%を超え、100軒以上の空き家がある村の旅館・民宿はほぼ廃業状態で一軒のみだったという。観光客のほとんどは「日帰り」で、「年間宿泊率8%」。そこで、さとゆめとNIPPONIAを展開するNOTE、DMOの(株)源が(合)EDGEを設立し、ホテル「NIPPONIA 小菅源流の村」の構想がスタートした。コンセプトは「700人の村が一つのホテル」であること。古民家を活用し、地域が運営参加し、地域内に施設を分散させ、地域まるごとがホテルであることを目指した。
 2019年8月、「大家」棟をグランドオープンさせた。築150年の古民家を改修し4部屋の客室と自然は和食のレストラン(22席)を備えた。その後、1Km離れた場所に2棟の空き家をプライベートヴィラへ改修。一棟貸しのコテージの「崖の家」だ。ここは自炊スタイルの宿で、子供連れのお客様に好評を得ている。これらの建築には地元の棟梁が率いる60歳代チームが携わった。送迎、清掃、ガイド、村歩き散歩体験を地域住民が受け持つ。施工の半年前から、小菅村役場と綿密な住民への説明やコミュニケーションをとって理解を深めていった。いわば「古民家は客室」、「道路や畔道は廊下」、「道の駅はロビー」、「小菅の湯はスパ」、「商店の通りはショッピングセンター」、「村人はコンシェルジュ」という位置づけ。お客さんが「村全体がホテル」と思い、村民が思えば、「村の風景を守ろう」、「もっと綺麗にしよう」という機運が高まり、ホテルが村の風景や暮らしを守ることにつながると考えたという。
(2022年11月24日Jウエルネス研究セミナー第16弾より/ NIPPONIA 小菅源流の村 ホテル番頭、株式会社さとゆめ ホテルマネージャー 谷口峻哉氏)

考察

現代人が失いつつあった「ふるさとを持つ感覚」を再現する
 宿泊者の口コミの中に「小菅村は、素晴らしい桃源郷」というコメントがあった。「NIPPONIA 小菅源流の村」「大家」は一泊二食2名6万円~。都心のストレスフルな生活から解放され少し離れた自然の中で息抜きをしたい現役世代。20~30代の若いカップル客も多いという。若い世代の中にも、こうした旅を求め、この価格でも良しとする市場が出来上がってきたようだ。洗練された接客はなくても、素朴な村全体のおもてなしの中で過ごす空間や時間に価値を認める人たち。まるでふるさとに居るような安らぎのサードプレイスなのだろう。作為的なサービスや演出はない。番頭の谷口氏に話を聞くと「村を散歩しながら案内するおとうさんの言葉にもマニュアルはない。自由に自分の言葉で村を語ってもらっている」という。
 話は変わるが、浅田次郎氏の小説「母の待つ里」という作品の中には、都会で働き暮らした主人公たちの満たされない心の隙間を埋めてくれる高額な最先端ビジネスが登場する。東北の山村の仮想のふるさとでの母と触れ合う疑似体験のサービス。都会で暮らす誰もが抱えている想いを受け止めてくれる場所だ。
 以前のインタビュー取材で、欧米のウエルネスビジネスの専門家が「日本人は日本の豊かさを分かっていない」と語ったが、いま、日本人は失いかけていることをようやく気づき始めたように思う。小菅村のように地域創生や地域おこしのプロジェクトで多くの若者が生き生きと活動して、そして実際に小菅村のような場所への旅を選択する人たちが増えてきたことがその証だ。
 旅人の心身を包み込んでくれる穏やかな空間と時間。自然の中で五感を呼び覚まし、心身のバランスを整える場所、そこには人との対面の温かい交流があり、新鮮な食がある。それはいわば「ふるさと」のような場所。過疎化が進み関係人口を増やしたい地方と、心身の癒しの時間を求める都市生活者の両者の想いの交差するところに、「ウエルネス」ビジネスが生まれてくるように思える。
「ウエルネスが潮流」「富裕層を狙うべき」と各地で、ウエルネスツーリズムの取り組みが始まっている。ひと頃のヘルスツーリズム、メディカルツーリズムの流行りと同じ空気を感じるのは自分だけか。机上のイメージ先行のウエルネス企画は地域に根付かずビジネスになりづらいのではないだろうか。西洋のカタチをなぞるウエルネスは役に立たないように思う。日本のその地域が持っている自然や伝統、歴史や人の資源を見つめ、住民や訪れる旅人と同じ目線で、その本質を丁寧にすくい取り、今に生かしていくことではじめて独自性が生まれてくるように思うのだが。